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そもそも断捨離とは?断捨離の効果とは?

この3ヶ月間断捨離断捨離と言い続けてきましたが、そもそも「断捨離」とはいったい何のことなのでしょうか?

愛子はゆっくり考えたことがありませんでした。

今日は「断捨離」について、考えたいと思います。

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断捨離とは



「断捨離」とは、Wikipediaによると、「不要な物を減らし、生活に調和をもたらそうとする思想であり、やましたひでこの著書において発表された。」とあります。

中略

ヨーガの行法が元になっている為、単なる片付けとは一線を引く。断捨離は単語として商標登録されている(第4787094号)。

「日本では伝統的に「もったいない」という観念・考え方があるが(これはこれでひとつの考え方・価値観ではあるが)、この考え方が行き過ぎると物を捨てることができなくなり、やがてすでに使わなくなったモノ・将来も使うはずがないモノなどが家・部屋の中に次第に増えてゆき、やがては自分が快適に居るための空間までが圧迫され、狭くなり、また人は膨大なモノを扱うのに日々 膨大な時間や気力を奪われるようになってしまい、知らず知らずのうちに大きな重荷となっていて心身の健康を害するほどになってしまう。」


とありました。

やましたひでこさん



2009年に発売されたやましたひでこさんの「新・片づけ術 断捨離」という本のamazonの内容紹介には、

「断捨離」したら…
・仕事の効率が上がる
・早起きが楽しくなる
・素敵な偶然が増える
・自分を好きになる
そう、新しい世界がはじまるのです。

『新・片づけ術 断捨離』は、これまでのどの整理・片づけ本を読んでも変われなかったあなたに、福音の一冊です。「断捨離」(だんしゃり)とは、ヨガの行法哲学「断行・捨行・離行」をもとに生まれた言葉。

断=入ってくる要らないモノを断つ
捨=家にはびこるガラクタを捨てる
離=モノへの執着から離れ、
ゆとりある”自在”の空間にいる私つまり、「家のガラクタを片づけることで、心のガラクタをも整理して、人生をご機嫌へと入れ替える方法」。

「そうじ」をしたり、モノを捨てたりすると、なぜか心も軽くなる、というのは誰もが経験していること。

「断捨離」とは、皆が漠然としている「そうじ」や「片づけ」を再定義し、自分の「内在智」(心や体を快方向に導くセンサー)を磨くための行動へと落とし込んだメソッドです。

結果、自分の心をご機嫌に、ついでに運気も向上させてしまおうという方法論でもあります。義務感を伴う「片づけ」から、自分の内在智や運気を磨く「断捨離」へ。すでに一部で話題となり、クチコミやネットなどで認知度も上昇中!そのメカニズムと効用がこの一冊でよくわかります。


とありました。

似た言葉に、掃除・片づけ・収納などがありますが、「断捨離」とはこれらの言葉とは一線をかくす別の言葉のようです。

近藤麻理恵さん



こんまりこと近藤麻理恵さんは著書の題名を「人生がときめく片づけの魔法」としていますから、片づけのスペシャリストなのでしょう。

こんまりさんは、ミニマリストのようになりなさいと言っているわけではありません。自分のときめくモノに囲まれて暮らすと言っています。

しかし著書の中でも、辰巳渚さんの「捨てる技術」に感銘を受けたと言っています。「捨てる」こともこんまりさんにとって、大きな意味を持つことだと思います。

こんまりさんも最終章では「人生がドラマチックに変わる片づけの魔法」と片づけと人生は密接な関係にあることを語っています。

結局、こんまりさんの片づけ哲学も最終的には、断捨離と同調しているのではないでしょうか。


愛子が断捨離して感じたこと



愛子が家のだいだい的な片づけをはじめてから約3ヶ月がたちました。それを「断捨離」と言っていいのかわかりません。

でも、片づけをして、いるモノといらないモノをわける作業を続けていたらいろいろな変化があったことは確かです。

判断が速くなった



愛子はもともと優柔不断でした。片づけを始めた頃は、ほとんどのモノを捨てることができませんでした。ただ整理して収納し直すだけでした。

だんだんといらないモノ、必要ないモノ、使わないモノがわかるようになりました。いるモノ、いらないモノの判断を繰り返すうちに、スピードも速くなっていきました。

それと同時に、掃除以外の判断も少し速くなった気がします。あまりどうしようと悩むことがなくなりました。



モノへの執着がなくなった



いらないモノの判断ができるようになると、それらを捨てます。最初は捨てる時に「やっぱり捨てるのやめようかな。」と拾ってしまうこともありました。でも数日たつと、それはやっぱりいらないモノで結局捨てることになります。

たくさんのモノを捨てました。この3ヶ月で835リットルのゴミ、40リットルのゴミ袋で約21個のゴミを捨てました。これだけ捨てる
と、なんであんなにモノにこだわっていたのだろうかと思うようになります。

「すべてのモノは、やがてゴミになる。」ということを学びます。

愛子はもともとあまり欲しいモノがない方なのですが、いっそうモノを欲しいと思わなくなりました。

モノを増やすと、のちのち片づけるのが面倒だと思ってしまうからなんですけれど。

モノを買わなくなった



モノへの執着がなくなると、モノを買わなくなります。どんな小さなモノを買うのにもジッと考えるようになりました。

それは本当に必要なのか、どこにしまうのか、どのくらい使うのかなど。いろいろ考えると、結局買わないということになります。


時間の使い方を考えるようになった



モノがたくさんあると、モノを探す無駄な時間も以前はたくさんありました。

片づけながら、効率よく過ごす方法も考えます。

愛子は以前は1日ダラダラ過ごすことが多かったのです。最近は時間を考えて片づける・仕事する・休憩すると時間の使い方にメリハリが出てきました。


人とのつきあい方を考えるようになった



これは必要ない人との付き合いを排除するという意味ではありません。よく最近では、本当に付き合いたくない人と無理して付き合うことはないと言います。

それも一理あるとは思います。

愛子はなぜか最近新しい出会いが多く、その出会いに感謝しています。

人はひとりでは生きていくことはできません。人は一生のうちの大半を、人の世話になっているか、人の世話をしているかどちらかだと思います。

人に世話をしてもらっている時に感謝するのはもちろんです。

先日義理のお母様を介護中の先輩が言いました。「介護させてもらっていることに感謝している。」と。自分が今健康だから介護することもできると。

愛子は感動しました。

余計なモノをそぎ落とした時、見えてくるのは人と人とのあり方なのではないでしょうか。

人はモノとは違います。いらないからと捨てることはできません。

モノを持っているとか持っていないとかいうことより、人とのつながりや助け合う心の方が大切だと思うようになりました。


とは言っても愛子はまだ片づけの途中です。

家の中がすっかりきれいになった時に、自分がどのように変化しているのか楽しみです

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